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2010年2月

チェストの断捨離

6畳の狭い部屋にチェストが二つ。
一つは整理ダンス(というのかな?)のような結構大きめの衣類収納用。
もう一つは丈も幅もずっと小さい小物収納用。
断捨離を進めていく中で、果たしてこの狭い部屋に二つもチェストが必要なのか?という疑問が湧いてきました。

私の部屋は二方向に窓があります。一方は腰高の窓、もう一方は庭に面した大きな窓です。そして作り付けの洋服ダンスとその上の天袋。何も家具を入れない状態ではこんな感じですが、ここに机と本棚、CD収納ラック、前述のチェストが二つにオッドマン付のアームチェアが入っています。
こうして改めて書き出してみると家具が多い(^^;) 家具が多いということは、それだけ部屋の中に出っ張りが出来るということなので、その分部屋が狭く感じるのは道理です。では、少しでも広く感じるようにしたいと思ったら何か家具を減らさなければいけないけれど、何が減らせるか・・・。

アームチェアはとても気に入って購入し、そこでお気に入りの音楽を聴きながら本を読むのが大好きな時間です。本棚も本はかなり減っていますがなくすことは考えられない、机と大きい方のチェストはこれも気に入って購入したもの。となると、まず減らして問題ない家具としては小さい方のチェスト。
これは元々私が購入したのではなく、片づかない私の部屋を見かねた母が譲ってくれたものなのです。元々部屋に無かったものなのですから、断捨離しても問題はないはずです。しかし、月日が経つうちに、このチェストも自分の中で収納としてカウントされているのでどんどん新に物が入れられ、詰め込まれ・・・。さて、このチェストを断捨離するとして中身をどうするかという問題に行き当たりました。外側を断捨離するのですから、当然中身も断捨離するのですが、中には使っている物もあり、ぜ~んぶ処分する訳にもいかないので、その移動先を考えなくてはなりません。

それと、これを機会に大きい方のチェストの使用方法も考え直したいと思っているのです。
このチェストは一番上が小さな三つの引き出し、二段目が中くらいの二つの引き出し、そして下四段が大きな引き出しになっています。
下四段は衣類が収納されているのですが、二段目の二つの引き出しにはスタンプや文具などお手紙グッズがギッシリと詰め込まれていて重いほどです。一番上の三つの引き出しも左からアクセサリー・小物類・化粧品と入っています。
このチェストを衣類収納としてもっと有効活用したいのです。
元々あまりファッションにこだわるタイプではないので、衣類の量は多くないのですが、それでも、作り付けの洋服ダンスに付いている小さな引き出し二つでは足りずにチェストを購入したのです。それなのに、肝心のチェストには衣類以外のものがいっぱい詰まっている状態。結局衣類は他のところに分散して収納され、衣替えのたびに入れ替えることになっています。
これをもう少しなんとかしたい。衣類も入れ替えはしているけれど、着ていないものもたくさんあります、たぶん・・・。(←こう言っている時点で、自分の持っている服を把握できていない証拠(T_T) )
で、↑こうなってくると、今度は天袋や作り付け洋服ダンスの断捨離をもっと進めないと、ということになりますね。CD収納ラックも断捨離たいのですが、問題は中身。CDは二年前にかなりの数を処分し、ほとんどクラシックのものだけに絞り、更に全てケースを廃棄して不織布のものに入れ替えました。これでかなり省スペース化に成功し、CDラック一つに収まったのですが、これを無くしたいとなると収納場所が・・・。いやいや、収納場所を考えるのではなく、更なる絞り込みを考えなくては。

チェストの断捨離だけだったはずなのに、結局部屋中を見直すことに(笑) 部屋のサイズに対して物が多いのだと思い知らされている感じです。この部屋に押し込まれていた物の中で、何を残すのかをよく考え、他人目線ではない《自分のお気に入り》を選んでいきます。

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本棚の断捨離

 本棚の断捨離を進めています。

 ずっと部屋中が本棚のような感じでしたが、2年前に部屋中所狭しと積み上げてあった本を(当時としては)徹底的に整理して、本は本棚の中にあるだけにしました。すご~く整理したつもりだったのですが、断捨離的視点で改めて見てみると死蔵していた本の多さに愕然。
自分では死蔵しているつもりなど毛頭無く、「いつかは読もう」「いつか読みたい」と思っている本だったのですが、その「いつか」と思ったのが10年以上前、しかも開いた形跡無しとなると・・・。
でも、これらの本は2年前の大掃除をサバイバルして棚に残った本だったはずなのに。これだけは手放せない、と思って残した本だったはずなのに。あの後開きもせず、読みもせず、棚に麗々しく収まったまま、「他に読む本がいっぱいあるから、これは後で時間が出来た時に」と思い続けてました。
 本棚から取り出したそれらの本を眺めていて、なんとなく「ああ、こういう知識を持っている人に憧れていたんだな~」と分かってきました。と同時に、これは「他人軸」にも通じていることに気付きました。
自分ではなく、自分以外の人が見て「すごいな」「素敵だな」と思うような本棚。そんな本棚にいつの間にかなっていたのです。誰に見せる訳でもないのに、見栄え良く見せるための本がただ置かれている棚・・・。本好きの棚とはとても言えないです。
 本棚の中で実際に新陳代謝があるのはほんの二段だけ。あとは気が向いたら手に取るための本が前後二列に詰め込まれ、更に上に横積みされてギッシリと押し込まれた状態。これでは奥のものを取り出して読むことなど面倒くさがりの私にはとても無理(^^;)

 まずはとにかく長い間本棚にあるけれど読んでいない本を取り出してみました。これだけでも結構な量になるのが悲しい(T_T) 
更に少し前に購入したけれど興味が薄れてしまっているものや読みたくて、というより買いたくて買ったもの(←すごく読みたい訳ではないのに、買ったからもったいないと思って棚に置いてあった・・・)を排除。
更に更に、以前は大好きで何度も読み返していたけれど、手に取ることもなくなり本棚にあったことも忘れていたものも取り出しました。
 結果、棚に隙間が!空間が!!驚きです。以前整理した時はもうこれ以上は減らせない、と思っていたのに。横積みされていた本がなくなり、棚奥の本も簡単に取り出せるようになりました。理想としては前後二列収納も解消されるべきなのでしょうけれど、現時点では完全解消までは至りませんでした。ここで無理をするととんでもないリバウンドを起こしそうなので、まずはここまで。
でも、驚いたことに棚に隙間ができはじめると、読みたいなと思っていた本を人から貸してもらう機会に恵まれるようになりました。今までは棚が一杯で外から入ってくる余地なんてなかったけれど、それができたことで必要なものが必要な時にやってくるようになったのでしょうか。

今年は棚に残してある本をどんどん読み、今は読まないなと思う本は未読でもリサイクルへ出していきます。そして、自分のお気に入りで本棚を構成していく楽しみを味わいたいと思います。

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「断捨離」との出会い

2年前の秋頃に事情があって家の中の物を大きく整理しました。
その時にはあまりの物の多さに圧倒されていたのと期限が区切られていたのとで、それらの物をある程度家から出してしまうことに必死でした。その後もボチボチと処分しているつもりでしたが、元々優柔不断な私のこと、実際の処はなんとなくこっちの物をあっちへあっちの物をこっちへと部屋の中の収納場所が変わっているだけ(^^;) 

部屋の床に物は置かれていないので一見片付いているように見えるのですが、天袋や引き出しの中は一杯。天袋などは完全に取り敢えず置き場と化していて、入れるところの決まらない物、捨てる決心の付かない物が押し込まれ、扉を開けると物が落ちてくる始末。片づけきれなかったものが少しずつ机の端に積まれていき、だんだんと表面を覆って、覆い尽くされるとまたあちこちの引き出しや本棚に押し込まれるという悪循環。確かにあの時あんなに処分したのにな~と思うと不思議で仕方ないのでした。
実際相当量を処分していたし、処分した当初は自分でもビックリするくらいスペースが出来た気がしたのですが・・・。このまま進んで行くと劇的に捨てる前の部屋に逆戻りだ~と悶々としながら日々を過ごし、結局私には片づけられないんだよな~とちょっと開き直りに近い状況へ陥りつつあった時にたまたま出会ったのが 『断捨離のすすめ』 川畑のぶこ・著(同文館出版)でした。

片づかないけれど、片づけたい気持ちだけはあるのでいつも本屋さんの収納術・整理術の棚を眺めに行き、これだ!と(その時は)思う本を購入します。購入直後はなんとなく役立っている気がするし、片付けへのモチベーションも上がるのですが、しばらく経つとあまり変わり映えしない状況と日々の生活に追われるままにだんだんモチベーションが下がり初め、結局なし崩しになり、その整理収納の本も本棚の奥へ・・・というサイクルを繰り返していました。
初めにタイトルを見た時は「???」という感じでしたが、タイトルのインパクトに惹かれて購入し、読んでみました。何度も読み返しました。今も時折取り出しては所々読み返しています。一度片づけたり処分したりしたはずなのに、収納は一杯、そして油断していると少しずつ散らかってくるのがなぜなのかがやっと腑に落ちました。その後、「断捨離」提唱者であるやましたひでこさんの著作『断捨離』(マガジンハウス)も購入。これも何度も読み返しています。

とにかく自分なりにすごくたくさんの物を手放したと思っていたので、これ以上は減らない、減らせないと思い込んでいました。でも「断捨離」の考え方で、「今」と「自分」に軸を置いて必要かどうかを吟味していくと何だかどんどん不要な物が目に付くようになってきました。
「今」必要でなくても、「いつか」必要かもしれないと残してある物のなんと多いことか。「今」必要で使っていると思っていた物でも、実は既に必要でなくなっていたり、取り出すのが面倒で他の物で代用していたり・・・。まだこんなにあったんだ、とため息が出るくらいに不要品が出てきました。

ただ、これはまだまだ表面的な部分。「断捨離」の極意は自分自身と向き合うことにあります。私にとってはこれが結構大変な作業。自分の所有物全てを、「今」の「自分」軸で見ていくのは思っていた以上に時間が掛かります。
この部分に掛かる時間は人それぞれだそうですが、私は時間の掛かるタイプのようです。
でも、着実に物は減ってきていますし、思い付きや衝動で買わなくなりました。あんなに一杯だった天袋も手前の物の山がなくなり、扉を開けても中身が落ちてくることはなくなりました(^^;)
これからも亀の歩みではありますが、続けていきます。

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『面白南極料理人』読了

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「今日の夕食は外でジンギスカンやりまーす。当直は準備のヘルプよろしくー」(『面白南極料理人』)

 この呼びかけだけを聞けば何のことはない合宿の宴会準備のようですが、会場はマイナス40℃の極寒の地、南極ドーム基地。焼いた肉や野菜は取り上げたら瞬時に口へ入れなければ凍りつき、ビールも開栓してすぐに流し込まなければ苦い氷の固まりと化すという環境で、なぜか野外ジンギスカンパーティー(笑)

初めは全くの男世界で、しかも人数が9人のみという濃密さにクラクラしましたが、読み進めていく内に何とも面白おかしい面々が繰り広げる毎日に思わず声を上げて笑ってしまったりニヤリとしてみたり、かと思うと閉ざされた空間での共同生活ということでちょっとハラハラさせられたりと飽きることがありませんでした。何だかとんでもなく高い食材をガンガン使って作った料理を食べ、宴会をしているだけのような毎日に思えますが、これは著者が料理人だから。実際は極限状態での観測や肉体労働など、著者によると強制収容所の懲罰労働並のこともこなしているのです。せっかくなんだから南極生活を楽しもう!という著者の姿勢が好きです。

少し前に堺雅人さん主演で映画にもなっていました。私は観ていませんが、観に行った友人によると相当面白いようです。レンタルで観てみよう。人間ってたくましいな~と思わされる作品です。(たくましくなきゃ、あんなところで一年も過ごせませんって(^^;) )

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